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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)90号 判決

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らが、別紙(一)処分一欄表の被告らに対応する原告らに対して、昭和五八年四月一四日付をもってそれぞれなした右一欄表の懲戒処分欄記載の各懲戒処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは、昭和五七年一〇月ないし一二月当時いずれも農林水産省の職員であり、その所属は別紙(一)処分一欄表の所属欄記載のとおりである。

2  被告らは原告らに対し、いずれも昭和五八年四月一四日付をもってそれぞれ各対応する別紙(一)処分一欄表の懲戒処分欄記載の各懲戒処分(以下「本件各懲戒処分」という。)をした。

3  原告らは、本件各懲戒処分が違法かつ不当であるとしてそれぞれ所定の期間内に人事院に審査請求をしたが、人事院は昭和五九年四月一〇日付をもっていずれもその請求を棄却する旨の判定をなし、右判定書は同月二八日以降原告らに送達された。

4  本件各懲戒処分はいずれも正当な理由なくしてなされた違法な処分である。

5  よって、原告らは被告らに対し、本件各懲戒処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同4は争う。

三  被告らの抗弁

1  原告らの争議行為

全農林労働組合(以下「全農林」という。)は国家公務員法一〇八条の三により登録された農林水産省の職員団体で、昭和五七年一〇月ないし一二月当時の組合員総数は約四万〇一〇〇名であった。当時原告鈴木は全農林の副中央執行委員長として、同人を除く他の原告らはいずれも中央執行委員としていずれもその要職にあり、原告らの職歴等は別紙(二)記載のとおりであるところ、全農林は同年一二月一六日始業時から二時間及び同月二四日始業時から一時間それぞれ集団的に職場を離脱して職務を放棄するという争議行為(以下便宜「本件各ストライキ」という。)を実施した。

2  本件各ストライキに至る経緯

(一) 全農林は、昭和五七年九月二四日及び二五日に地方本部委員長・書記長会議を開催し、人事院勧告の完全実施及び首切り行政改革反対を闘争目標として、二時間を限度とする統一ストライキを臨時国会の山場に配置する闘争態勢を確立することなどを含む八二秋季年末闘争方針草案について討議し、大筋の了承を得た。

(二) 全農林は、昭和五七年九月二七日に第八回中央執行委員会を開催し、右のとおり地方本部委員長・書記長会議で大筋の了承を得ていた、〈1〉人事院勧告の完全実施、労働基本権の確立及び首切り行政改革反対を闘争目標とし、最高半日の統一ストライキを臨時国会の山場に配置し、いつでも決行できる闘争態勢を確立すること、〈2〉ストライキ批准投票は、同年一〇月二〇日を目処に完了することの二つの闘争方針を含む八二秋季年末闘争方針案を決定した。

(三) 全農林は、昭和五七年一〇月六日及び七日に第八二回中央委員会を開催して、前記中央執行委員会で決定された八二秋季年末闘争方針案を同闘争方針として決定し、同月七日に全農林労働組合第八二回中央委員会名義で、「総評が提起する全一日規模のストライキ戦術を受け、臨時国会ヤマ場においては、日本公務員労働組合共闘会議が決定する最高の戦術をもって断固戦い抜くことを確認し、ストライキ態勢を確立し、組織の総力をあげ要求課題の解決に向け、不退転の決意で闘い抜く」との文言を含む闘争宣言を発表する一方、全農林中央本部は、各地方本部に対し、〈1〉八二秋季年末闘争方針の全組合員への周知徹底と闘争態勢の確立、〈2〉統一ストライキ態勢の確立と批准投票(一〇月二〇日を目処)の実施を内容とする指令を発した。

(四) 全農林中央本部は、同月一二日から同月二〇日までの間に八二秋季年末闘争方針を実施するためのオルグ活動を行うこととし、その実施のため東北地方本部に原告鈴木を、関東地方本部に同渡邊及び同槇を、東京都本部及び九州地方本部に同齋藤を、東海地方本部に同丸山を、中国地方本部に同田口を、四国地方本部に同安田をそれぞれ派遣することを決定し、右鈴木は同月一八日に福島種畜牧場において、同月一九日に東北農政局福島統計情報事務所、福島食糧事務所及び東北農政局阿武隈地域総合開発調査事務所において、右安田は同月一三日に高知食糧事務所及び同食糧事務所土佐山田支所において、同月一四日に中国四国農政局高知統計情報事務所須崎出張所及び高知食糧事務所中村支所において、右田口は同月一三日に広島食糧事務所において、同月一四日に中国農業試験場において、同月一五日に中国四国農政局吉井川農業水利事業所、同局岡山海岸保全事業所及び同局土地改良技術事務所において、右渡邊は同月一二日関東農政局栃木統計情報事務所、同局鬼怒中央農業水利事業所及び栃木食糧事務所において、同月一四日に関東農政局渡良瀬川沿岸農業水利事業所において、右丸山は同月一二日に名古屋肥飼料検査所、名古屋農林規格検査所及び東海農政局において、同月一三日に関東農政局静岡統計情報事務所静岡出張所、遠洋水産研究所及び果樹試験場興津支場において、右齋藤は同月一二日に九州農業試験場畑作部及び九州農政局南九州地域総合開発調査事務所において、同月一三日に宮崎種畜牧場において、同月一四日に鹿児島食糧事務所大口支所及び同食糧事務所加治木支所において、同月一五日に鹿児島食糧事務所鹿屋支所及び宮崎種畜牧場鹿児島支場において、同月一八日に東京農林規格検査所において、右槇は同月一六日に東京食糧事務所において、同月一八日に横浜植物防疫所、横浜農林規格検査所及び関東農政局神奈川統計情報事務所が入居している横浜農林水産合同庁舎において、それぞれ本件各ストライキのためのオルグ活動を行い、本件各ストライキの実施を指導した。

(五) 全農林は、昭和五七年一二月一一日に緊急拡大戦術委員会(地本委員長会議)を開催し、同月一六日に実施予定の統一ストライキの戦術等について協議して意思統一を図る一方、全農林中央本部において、同月一一日に統一ストライキ態勢確立の準備指令を発した。

(六) 農林水産事務次官は、同月一四日に全農林中央執行委員長江田虎臣に対し、全農林が同月一六日に予定しているストライキを実施した場合、当局は関係法令に基づき厳正な措置をとる考えである旨述べ、全農林の自重を強く求める旨の警告をした。

(七) 全農林中央本部は、同月一五日ころ、同月一六日に二時間のストライキを実施するよう指令を発し、右指令に基づき農林水産省及びその出先機関の合計四万〇七八六名のうち三万八二八八名の全農林組合員は、同月一六日に始業時から二時間のストライキを行った。

(八) 次いで、全農林中央本部は、同月二〇日に右ストライキに引き続き、同月二四日に実施予定のストライキの準備指令を発した。

(九) 農林水産事務次官事務代理である農林水産大臣官房長は、同月二二日に、全農林が同月二四日に予定しているストライキについて全農林中央執行委員長江田虎臣に対し、前記(六)と同様の警告をした。

(一〇) 全農林中央本部は昭和五七年一二月二三日ころ、同月二四日に一時間のストライキを実施するよう指令を発し、右指令に基づき右農林水産省職員のうち三万八五五三名の全農林組合員は、同月二四日に始業時から一時間のストライキを行った。

3  原告らの各行為と処分事由該当性

全農林の労働組合規約によれば、中央本部は中央執行委員会で運営するものとされ、中央執行委員会は、大会及び中央委員会の決議に従って組合業務を執行するものとされている。そして、中央執行委員長は、この組合を代表し、組合業務を統轄するとされ、副中央執行委員長は、中央執行委員長を助け、中央執行委員長事故あるときは代理し、中央執行委員は、組合業務を分掌するものとされている。また、労働組合の争議行為は機関の指令によって実施されるのが一般であり、中央で出された指令が、その組織系統に従って順次上部機関から下部機関、各組合員へと伝達され、争議行為も実行されるのが通例である。そして、右指令の伝達及びその徹底をはかる行為は、争議行為の実行に現実に影響を及ぼし、争議行為の実行を誘発する現実的な危険を有する行為である。

してみると、右2の本件各ストライキに至る原告らの一連の行為は、いずれも、原告らが全農林の副執行委員長あるいは中央執行委員として、その構成員となっている中央執行委員会が組合業務としてなしたことは明らかであり、原告ら各人が本件各ストライキの実施に当たって、これら一連の行為においてストライキを共謀し、そそのかし又はあおって指導的役割を果たしたものである。したがって、本件各ストライキにおける原告らの行為が全体として国家公務員法(以下「国公法」という。)九八条二項の規定に違反することは明らかである。

四  抗弁に対する原告らの認否及び主張

1  認否

(一) 抗弁1の事実は認める。

なお、この集団的に職場を離脱して職務を放棄するという争議行為は人事院勧告凍結に対する抗議の意思表明であり、国公法九八条二項の同盟罷業等に該当しない。

(二)(1) 同2(一)ないし(三)、(五)、(六)、(八)、(九)の各事実はいずれも認める。

ただし、(三)、(五)、(八)のうち、「全農林中央本部」とあるのはいずれも「全農林労働組合中央執行委員長江田虎臣」である。(2) 同2(四)のうち、本件各ストライキのためのオルグ活動を行い、本件各ストライキの実施を指導したとの点を争い、オルグ活動をしたこと及びその余の事実は認める。

ただし、「全農林中央本部」とあるのはいずれも「全農林労働組合中央執行委員長江田虎臣」である。

(3) 同2(七)、(一〇)のうち、正確な参加人員数及び参加人員がすべて予定時間のストライキを行ったとの点は争うが、概ね被告ら主張の規模のストライキが行われたこと及びその余の事実は認める。

なお、「全農林中央本部」とあるのはいずれも「全農林労働組合中央執行委員長江田虎臣」である。

(三) 同3の事実のうち、全農林労働組合規約に被告ら主張の記載のあることは認め、その余は争う。

2  原告らの主張

(一) 国公法九八条二項及びこれに基づく本件各懲戒処分は、憲法二八条に違反し無効である。

憲法二八条は、公務員労働者を含むすべての勤労者に対して、団結権、団体交渉権及び争議権を中心とする団体行動権を保障しており、これらの団結権等の労働基本権は、同法二五条の生存権の保障を基本理念とし、同法二七条の勤労の権利及び勤務条件に関する基準の法定の保障と相まって、その地位の向上を目的として認められるものである。そして、かかる理念に基づく労働基本権はそもそも他の代償によって制限又は禁止することができないものである。しかるに、国公法九八条二項は、国家公務員の争議行為等を一律かつ全面的に禁止し、争議権を全面的に否認している。したがって、国公法九八条二項が憲法二八条に違反することは明白であり、このような違憲無効の法律を合憲有効としてなされた本件各懲戒処分は違法である。

(二) 国公法九八条二項、三項及びこれに基づく本件各懲戒処分は、憲法九八条二項に違反し無効である。

(1) 憲法九八条二項により、政府は条約尊重義務を有し、また、わが国は結社の自由及び団結権の保護に関する条約

(以下「ILO八七号条約」という。)及び団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(以下「ILO九八号条約」という。)をそれぞれ締結し、批准をしている。

(2) 公務員のストライキを一律かつ全面的に禁止し、右ストライキに対し懲戒処分を科するのはILO八七号条約三条、八条、一〇条、同九八号条約三条、四条にそれぞれ違反するもので、憲法九八条二項の条約尊重義務に反する。

西暦一九八三年のILOの条約勧告専門家委員会の一般調査等のILO八七号条約、同九八号条約の解釈及び右専門家委員会の日本法に対する見解によれば、第一に、公権力の機関として行動する公務員以外の公務員には、両条約の適用があること、第二に、ILO八七号条約三条、八条、一〇条等はストライキ権を保障しており、その保障は右公務員にも及ぶものであること、第三に、右公務員の団体交渉権の完全な保障を奪うことは、同九八号条約三条、四条に反すること、第四に、ストライキ権及び団体交渉権を制限、否認された右公務員に対しては、制限、否認に見合う代償措置が完備しなければならないこと、第五に、わが国の公務員法制は、第一で述べたような区別がなく、すべての公務員から一律無制限に団体交渉権及びストライキ権を制限し又は奪っており、これに見合う代償措置が存在しないこと等が明らかにされている。そして、国公法九八条二項、三項は、限定なくすべての公務員に対し、すべての争議行為等を禁止しているのであるから、ILO八七号条約、同九八号条約に抵触することは明らかである。したがって、国公法九八条二項、三項は憲法九八条二項に違反する。

(3) 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という。)八条三項は、ILO八七号条約に規定する保障を阻害するような立法措置を講ずること又は同条約に規定する保障を阻害するような方法により法律を適用することを禁止している。そして、同規約八条一項は、c号において労働組合活動の自由を保障し、d号においてストライキ権を保障しているが、わが国は批准に当たってd号について留保しているので、日本の労働者には同号の保障は及ばないことになる。しかしながら、同条一項はストライキ権と労働組合活動の自由とを区別しているのであるから、ストライキ以外の争議行為は組合活動の自由の範囲に入るべきものであり、ストライキ以外の争議行為である企画、謀議、あおり、そそのかし等の事前行為を禁止するのはストライキ禁止の範囲を超え、労働組合活動の自由を侵すものであり、同規約に反するものである。

本件各ストライキは、短時間のものであって、抗議の意思表明と評価されるべきもので、ここでいうストライキと評すべきではなく、組合活動の自由の保障の範囲にはいるべきものである。そして、中央執行委員会への参加は、執行委員の権利であり、義務である。また、組合の闘争方針を決め、当面の情勢につきオルグ活動をするのは、組合の役員にとっては組合活動として当然なさなければならないものである。したがって、本件各懲戒処分は、同条約で保障された組合活動の自由を阻害する方法で国家公務員法を適用したもので許されない。

五  原告らの再抗弁

1  憲法上保障された争議行為

(一) 本件各ストライキに至る経緯

(1) 政府は、昭和四五年から昭和五五年まで一一年間に亘って、人事院勧告に全面的に従って、その完全実施をしてきたものであり(ただし、昭和五四年度及び昭和五五年度の勧告については、指定職職員の実施時期を除く。)、政府当局自身がこれにより、人事院勧告制度は慣熟した制度として代償機能を果たしてきた旨言明していた。

(2) しかるに、政府は昭和五六年に至り、財政非常事態を理由に人事院勧告について不完全実施の閣議決定をもって、一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)の一部改正案を国会に提出し、国会はこれを可決した。そこで、全農林労働組合中央執行委員長江田虎臣は昭和五七年二月二日付で人事院に行政措置要求を提出し、人事院勧告完全実施について再勧告を求めた。これに対し、人事院は、労働基本権が制限され、自らの勤務条件の決定に直接参加できず、人事院の給与勧告がほとんど唯一の給与改善の手段となっている原告らの立場は十分理解できるとしながらも、人事院による再度の勧告ないし意見の申出が制度上の限界を超えるとの理由で、棄却の判定をした。

(3) 全農林は、昭和五六年度における人事院勧告不完全実施の状況を踏まえて、昭和五七年二月二四日、二五日の両日にわたって開催した第八〇回中央委員会の決定と、同年三月一八日、一九日の全分会委員長参加の中央討論会集会における満場一致の確認のもとに、同月二三日に平均二万七〇〇〇円(一一・五パーセント)以上の引き上げを含む要求を農林水産大臣になし、これに対し、同大臣は、人事院勧告が出されたときはこれを尊重するという基本的立場に立って誠意をもって努力する旨回答し、人事院勧告尊重を明示した。

(4) さらに、全農林は同年六月二日に、賃金要求が人事院勧告に完全に反映するよう努力すること、人事院勧告は公務員労働者の労働基本権制約の代償措置であることを十分認識し、勧告の無条件完全実施を行うことなどの要求を農林水産大臣になし、これに対し、農林水産省官房長は、人事院総裁の言明もあり、公正な勧告がなされることを期待しており、当局としても、人事院勧告がなされた場合にはこれが尊重されるべきであるという従来の姿勢にはかわりはなく、その方向で努力する旨の回答をした。

(5) 他方、日本公務員労働組合共闘会議(日本労働組合総評議会-以下「総評」という。-に加盟する国家公務員、地方公務員、国会職員、政府関係特殊法人に勤務する職員をもって組織する各単組によって構成される共闘組織であって、原告らの属する全農林はこれに加盟する単組であり、以下「公務員共闘」という。)は、昭和五六年度における人事院勧告が政府によって完全には実施されず、組合員に多大の損害をもたらした事実に鑑み、昭和五七年に入って春闘の段階から人事院勧告に向けて、政府、人事院に対する賃金要求を行った。そして総理府総務長官は、昭和五七年四月一四日に公務員共闘が提出した要求書に対し、人事院勧告は労働基本権制約の代償措置の一つと理解しており、それを尊重するのが基本的建前であること、逼迫した財政事情をはじめ極めて厳しい状況下にあることを前提として、昭和五七年度の人事院勧告の取扱いには誠意をもって努力する旨明言した。

(6) 人事院は、同年八月六日に内閣と国会に対し、公務員賃金を平均四・五八パーセント(一万〇七一五円)増額改定することを中心とする勧告をした。

(7) 右勧告を受けた政府当局は、同年九月一日の第二回給与関係閣僚会議以降人事院勧告の凍結の意向を強め、鈴木首相において同月一六日に「財政非常事態宣言」と称する記者会見を行い、同月二〇日の給与関係閣僚会議において人事院勧告凍結を決定し、二四日の閣議でこれを正式に決定した。

(8) 全農林は、このような情勢の中で、第八二回中央委員会の決定に基づき、同年一〇月七日に農林水産大臣に対し、人事院勧告は公務員労働者の労働基本権制約の代償措置であることに意を配し、政府の人事院勧告凍結を直ちに改め、即時無条件完全実施を行うなどの要求をしたところ、農林水産大臣官房長は、同大臣に代わって、右勧告の凍結は内閣の方針であり、協力を求める旨答えるのみであった。他方、公務員共闘は、人事院勧告がなされた後政府当局との交渉を重ね、総理府総務長官等関係閣僚に人事院勧告を完全実施するよう要求したが、これに対し右関係閣僚はいずれも最後まで努力する旨回答しながらその内容は抽象的で、結局人事院勧告凍結の政府方針が確実視される事態を迎えた。そこで公務員共闘は、同年九月一〇日に第二一回拡大共闘委員会で秋季闘争方針を決定するに当たり、人事院勧告の完全実施を要求して、統一ストライキをはじめ総評規模で闘う方針を決定し、当局交渉、上申行動、葉書要請、決議、署名運動、国会議員要請行動などの諸行動を計画し、実施したが、政府当局の方針は変わらなかった。

(9) そこで、全農林は、同年一〇月六日、七日に行われた全農林第八二回中央委員会で決定された八二秋季年末闘争方針に基づいて、総評、公務員共闘の統一行動として、人事院勧告凍結粉砕、完全実施を目的として、全農林中央執行委員長江田虎臣の指令で、同年一二月一六日の始業時から二時間及び同月二四日の始業時から一時間の本件各ストライキを実施したのである。

(二) 本件各ストライキの目的、態様等について

本件各ストライキは、昭和五七年一二月一六日の始業時から二時間及び同月二四日の始業時から一時間それぞれ行われたもので、長時間に及んだわけではなく、また暴力を伴ったということもなかった。そして、これらの行動は業務を停廃し行政に打撃を与える趣旨でなされたものではなく、人事院勧告不実施という違法、不当な措置に対する抗議の行動としてなされたものである。したがって、当局からの要請を待たず、組合で自主的に保安要員を決めて継続を要する業務については継続性を保持し、業務に対する打撃を回避して行ったものであり、農林水産省当局から行政の混乱や支障などの苦情もなく、また外部からの苦情もなかった。

(三) 人事院勧告制度の意義

人事院制度及び人事院勧告制度等は、国家公務員法が公務員の団結権、団体交渉権を制限し、争議行為を一律かつ全面的に禁止していることに対する代償措置であり(最大判昭四八・四・二五全農林警職法事件判決参照)、この代償措置こそが、争議行為を禁止されている公務員の利益を国家的に保障しようとする現実的な制度であり、公務員の争議行為の禁止が違法とされないための強力な支柱なのであるから、それが十分にその保障機能を発揮しうるものでなければならず、仮にその代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たさず、実際上画餠に等しいとみられる事態が生じた場合には、公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても、それは憲法上保障された争議行為である(同判決における裁判官岸盛一、同天野武一の追加補足意見)。

(四) 本件各ストライキの合憲性

政府当局は、前記の人事院勧告完全実施の歴史、政府の約束等を無視して、人事院勧告を完全に不実施にするという事態を現出させたのであるから、それは正に人事院勧告の代償措置が迅速公平に本来の機能を果たさず、実際上画餠に等しいとみられる事態を招来したというべきである。さらに、右のような政府当局による人事院勧告凍結に対応する全農林の本件行動をみるとき、その行動の態様、手段、目的、趣旨等からみて、本件行動が相当と認められる範囲を逸脱したとは到底いえない。

したがって、本件各ストライキは、まさに憲法上保障された争議行為であるといわなければならない。

2  懲戒権の濫用

本件各懲戒処分は次のとおり不当なものである。

(一) 政府当局は、昭和四五年の国会において人事院勧告完全実施を今後のルールとして確立し、財政事情その他によって特殊な措置はとらない旨を国会及び国民に確約していた。しかるに、政府当局は、昭和五六年に至って、人事院勧告の一部不実施を決定したが、その際鈴木内閣は、当年度限りの措置である趣旨の言明を国会で行った。それにもかかわらず、政府当局は本件人事院勧告を凍結したものであり、このことは、政府の二重の約束違反としてきわめて悪質であるばかりでなく、政府自らが法秩序を無視する行動を敢えてなしたものである。

(二) 本件各ストライキは人事院勧告の凍結という暴挙に対する抗議としてなされたものである。即ち、人事院は、人事院勧告制度は公務員の労働基本権制約の代償措置であるから、完全に実施されるべきものであることを指摘している。しかるに政府当局は、当初予算において人件費予算として一パーセントの給与改善費を計上しておきながら、原資まで削減して人事院勧告を凍結したものであり、しかもその代償措置の不実施を労働組合に対し誠意をもって説明し、その納得を得る努力を全くしなかった。

(三) 本件各ストライキに至る経緯及びその目的、態様等は前記1(一)及び(二)に記載のとおりであり、これに対して停職六月、同三月という処分はあまりにも過酷にすぎ、更に処分の効果が在職期間を通じ、また退職の年金にまで及ぶということを考慮すれば、到底社会的共感を得られるものではない。本件各懲戒処分はまさに個々の任命権者の判断ではなく、農林水産省官房当局が組合対策として、組合活動の弱体化と抑圧という違法、不正な目的のためになされたものといわざるを得ない。

(四) 本件各懲戒処分は、国際的基準に照らして著しく妥当性を欠くものである。

(1) ILOに対する提訴においてILO理事会は、しばしば、懲戒処分をなすについては、違法行為があれば必ず処分が行われるべきものではない旨表明している。例えば、西暦一九七三年一一月六日に一九一回理事会で承認された結社の自由委員会第一三九次報告は、「ストライキ参加者に対する懲戒処分に関する申立て」において、争議権の制限又は禁止は、適切、公平かつ迅速な調停及び仲裁の手続きを伴うべきであり、当事者はその手続きのあらゆる段階に参画することができ、裁定はあらゆる場合において両当事者を拘束するものであり、また、完全かつ迅速に適用されるべきものであること、国家公務員法は紛争の調停及び仲裁に関する規定を設けていないこと、処分を科することがストライキの発生ごとに不可避なものと考えられるべきではなく、懲戒処分の適用に当たっての弾力的な態度が労使関係の調和的な発展により資するものであることを指摘し、違法行為があれば必ず懲戒処分が行われるべきものではないことを表明している。

(2) いわゆるドライヤー報告においても、公共部門において、ストライキのみならず、一律に争議行為を禁止するというこれまでとられた政策は、批判されるべきであり、一定の事業がストライキの禁止を正当とする程に公共の利益と密接な関係を有する分野においても、その他のあらゆる種類の団体行動が当然禁止されるべきであるということにならないこと、争議行為はそれが争議行為であるという理由によって適法となり又は違法となるものではなく、その適法性又は違法性は、争議行為の性質によるものであること、重要事業の正常かつ安全な運営を確保するため合理的な規律が維持されなければならないことを十分に評価するが、良好な労働関係のためには、あらゆる些細な違反に対して懲戒処分をとるべきか否かを決定するに当たり幾分の人間的要素を考慮に入れるべきであることを指摘している。

(3) 本件人事院勧告凍結に対し全農林は直ちにILO結社の自由委員会に提訴したところ、同委員会は、西暦一九八二年(昭和五七年)の人事院勧告が実施されないことを遺憾とし、将来人事院勧告が完全かつ迅速に実施されること、並びに団体交渉権及びストライキ権という労働組合権の制約に対する一つの代償措置が当該公務員に保障されることを強く希望することを表明し、また、前記(四)(1)に述べた原則を指摘し、日本の人事院勧告制度がこの代償措置になっていないこと及び適正な代償措置を保障すべきことを勧告している。

(五) 以上のような事情のもとになされた本件各懲戒処分は、裁量権の濫用として、取り消されなければならない。

六  再抗弁に対する被告らの認否及び主張

1  認否

(一)(1) 再抗弁1(一)の事実は認める。

(2) 同1(二)の事実のうち、昭和五七年一二月一六日の始業時から二時間及び同月二四日の始業時から一時間それぞれストライキが行われたことは認め、その余は争う。

(3) 同1(三)の事実のうち、原告主張の最高裁判決の存在及びその記載内容は認め、その余は争う。

(4) 同1(四)は争う。

(二)(1) 同2(一)は争う。

(2) 同2(二)の事実のうち、人事院が人事院勧告は完全に実施されるべきこと及び人事院勧告制度は公務員の労働基本権制約の代償措置であることを指摘していること、当初予算において一パーセントの給与改善費が成立していたことはいずれも認め、その余は争う。

(3) 同2(三)は争う。

(4) 同2(四)(1)及び(2)はいずれも認める。

(5) 同2(四)(3)は争う。

2  被告らの主張

(一) 人事院勧告の不実施について

(1) 代償措置の意義

国家公務員の労働基本権は、国家公務員の地位の特殊性、職務の公共性及び財政民主主義という要請から、公共の福祉すなわち国民全体の共同の利益のため、これと調和するように制約されてもやむを得ないところである。したがって、公務員に対するいわゆる代償措置は、本来保障されている争議権を奪った代償としての措置ではなく、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念から要請されるものと解すべきである。しかも、憲法はその代償措置の具体的内容を何ら規定しないで、これを国会の立法裁量に委ねているのであるから、その内容は必ずしも固定的一義的なものとは解されない。そして、現行の代償措置の制度は、人事院勧告制度だけではなく、法律による身分保障があり、給与その他の勤務条件は法律等により定められ、その行政措置の要求や不服申立ての道も開かれており、これらは全体として公務員の労働基本権の制約に対する代償措置としての機能を有し、国家公務員の生存権擁護の理念を十分に充足するものといえる。

また、右のとおり人事院勧告制度は、代償措置として講じられている制度の一部であるが、そもそも人事院勧告には内閣や国会に対する法的拘束力が存しないのであるから、法は人事院勧告が実施されない場合のあることを当然予想している。すなわち、国家公務員の給与は、国民からの税収等により賄われるものであり、その改正は民間賃金との比較だけでなく、国家財政の大局に立って、諸般の事情を踏まえたうえで他の競合する公共的要請と調和を図るように適切に決定されるべきものであり、その意味で高度に政治的政策的判断として国民の代表たる国会の場で決定されることが必要である。したがって、人事院勧告が全面的に実施されないことがあっても、それだけで代償措置制度が画餠に等しくなったとみることはできない。

(2) 本件各ストライキの違法性

本件各ストライキが、仮に人事院勧告実施を目的として行われたものであったとしても、前記(一)(1)に述べたとおり人事院勧告の全面不実施が代償措置制度としての人事院勧告制度を画餠に帰せしめたとは到底いえないから、本件各ストライキの違法性が阻却されるものではなく、本件各ストライキの規模、態様、社会に与えた影響及び原告らの本件各ストライキにおける各行為の内容からすると、本件各ストライキの違法性は強度なものであった。

(二) 懲戒権者の懲戒権の行使

国家公務員につき国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の広範な裁量に委ねられている。

もちろん、懲戒権者は、その懲戒権行使に当たっては当該違法行為の目的、規模、態様、社会情勢及び違法行為者個々人の関与の度合等に加えて、爾後の公務員関係の秩序の維持等、諸般の事情を総合的に考慮して決すべきであるが、それが社会通念上著しく妥当性を欠き裁量権を濫用したと認められない限り、違法とはならないと解すべきである。

七  被告らの再々抗弁

1  人事院勧告の凍結は、財政上やむを得ずなされた措置である。

(一) 昭和三五年以降の人事院勧告のうち、昭和三五年度の勧告から昭和四四年度の勧告までは、実施時期においては勧告通りではなかったものの、内容においては、勧告通り実施され、昭和四五年度の勧告から昭和五三年度の勧告までは勧告通り完全に実施された。そして、昭和五四年度の勧告及び昭和五五年度の勧告については、指定職職員の実施時期の点を除いて勧告通り実施され、昭和五六年度の勧告についても、管理職職員に対してはその実施時期や手当等について制限されたが、一般職職員に対してはほぼ勧告通りに実施された。

(二) 昭和五七年度は、当初予算での税収見積りが三六兆六二四〇億円であったのに対し、税収不足額が五兆円から六兆円になることが予想され、国の財政事情が未曾有の危機的状況にあり、人事院勧告を受けた政府は、閣議決定に至るまで、関係各労働団体と会見を重ねて右財政事情につき説明する一方、右各労働団体の意見を聴取し、国会においても十分な議論をつくしたうえ、やむなく人事院勧告を凍結したものである。このように、昭和五七年度の人事院勧告を全面的に実施しなかったことは、諸般の状況からやむを得ない事情によるものであった。

(三) そして、その際内閣総理大臣は、今回の措置は極めて異例なものであり、このような措置が繰り返されることのないよう最善の努力をする旨述べ、その努力の結果、昭和五七年度の人事院勧告は、昭和六〇年度までに実施されたのであるから、右人事院勧告が全面的に実施されなかったからといって、人事院勧告制度がその本来の機能を果たさず、画餠に等しい状況であったということはできない。

2  適法な懲戒権の行使

本件各懲戒処分には以下の事情があり、懲戒権の濫用にはなり得ないものである。

(一) 本件においては、原告らの行為が国公法九八条二項の規定に違反し、原告らに同法八二条一号の規定に該当する懲戒事由が存することは明らかであり、本件各ストライキが、農林水産省当局の警告を無視して、二回にわたり、いずれも農林水産省職員総数の九三パーセント以上に当たる三万八〇〇〇名を超える国家公務員が、各自合計三時間もの間一斉に職場を放棄するという、規模、態様ともに重大な、まさに典型的な同盟罷業であり、社会的影響も極めて大きいものであった。

(二) さらに、本件各ストライキは、公務員共闘の統一ストライキの一環であるとはいえ、全農林の主体的行動として、本件各ストライキの企画から実施に至るまで、全農林中央執行委員会などの組合機関の強い指導行為があったことは明らかであり、右指導行為に携わった者の責任は最も強く追及されるべきものである。原告らは、右中央執行委員会の副中央執行委員長及び中央執行委員であるうえ、前記三2(四)記載のとおり、全農林の各地方本部に赴きそれぞれ本件各ストライキ実施のためのオルグ活動等に従事したのであるから、その責任は重い。

(三) 農林水産省における最近の類似の闘争と懲戒停職処分例は次のとおりである。

(1) 昭和五五年七月一一日に、一時間のストライキにつき中央執行委員が停職一月の懲戒処分を受けた。

(2) 昭和五六年七月九日に、一時間二九分間のストライキにつき中央執行委員が停職二月の懲戒処分を受けた。

(3) 昭和五七年二月一八日に、一時間二九分間のストライキにつき中央執行委員が停職二月の懲戒処分を受けた。

(4) 昭和五九年四月二六日に、一時間二九分間のストライキにつき副中央執行委員が停職三月、中央執行委員が停職二月の各懲戒処分をそれぞれ受けた。

(5) 昭和六〇年四月二五日に、二時間のストライキにつき副中央執行委員長が停職四月、中央執行委員が停職三月の各懲戒処分をそれぞれ受けた。

(6) 昭和六〇年九月一九日に、二九分間のストライキにつき副中央執行委員長が停職一月の懲戒処分を受けた。

これらの各懲戒処分と、合計三時間のストライキにつき副中央執行委員長が停職六月、中央執行委員が停職三月の各懲戒処分を受けた本件各懲戒処分とを比較して見ても、本件各懲戒処分は厳寛いずれかに過ぎることのない適正、相当なものである。

(四) しかも、原告らは過去に懲戒処分歴がある。すなわち、原告鈴木は減給二回及び戒告一回、同田口は減給五回、同安田は減給四回、同渡邊は停職二回、同丸山は減給三回及び戒告一回、同齋藤は停職二回及び減給一回、同槇は減給二回の各懲戒処分をそれぞれ受けていたものであり、この観点からみても、本件各懲戒処分は決して重いものではない。

八  再々抗弁に対する原告らの認否及び反論

1  認否

(一)(1) 再々抗弁1(一)の事実は認める。

(2) 同1(二)及び(三)は争う。

(二)(1) 同2(一)の事実のうち、本件各ストライキが農林水産省当局の警告にもかかわらず、いずれも農林水産省職員であるおよそ三万八〇〇〇名の国家公務員が概ね各自合計三時間一斉に職場を離脱し、職務を放棄したことは認め、その余は争う。

(2) 同2(二)の事実のうち、原告らが全農林中央執行委員会の副中央執行委員長及び中央執行委員であること並びにオルグ活動をしたことは認めるが、その余は争う。

2  反論

昭和五七年度の予算においては、人件費予算として一パーセントの給与改善費が組まれていたのであり、政府に右の約束を守る誠実な意思があったならば、右一パーセントの給与改善費によって、人事院勧告凍結という事態は回避しえたことは明らかである。それにもかかわらず、人事院勧告を凍結したことは、違法の誹りを免れない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  本件各懲戒処分が、処分事由に該当するか否かについて検討する。

(一)  抗弁1の事実及び同2の事実は、八二秋季年末闘争方針を実施するためのオルグ活動を行うため原告らを被告主張の日時にその主張の場所に派遣した主体、本件各ストライキの準備指令及び実施指令を発した主体がいずれも全農林中央本部である点、原告らが本件各ストライキのためのオルグ活動を行い、本件各ストライキの実施を指導したとの点並びに本件各ストライキにおける正確な参加人員数(概数は当事者間に争いがない。)及び参加人員全員が予定時間のストライキを行ったとの点を除き当事者間に争いがなく、〈証拠〉に当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 昭和五七年八月六日人事院から国家公務員の給与の改定等に関し、平均四・五八パーセントの賃上げを骨子とする人事院勧告が内閣総理大臣宛になされたが、右勧告を受けた政府は財政状態の逼迫を理由に同年九月一日の第二回給与関係閣僚会議以降右勧告の凍結の意向を強め、同月二四日には人事院勧告を完全に凍結する旨の閣議決定を行った。

(2) これに対し、全農林は、昭和五七年九月二四日及び二五日に地方本部委員長及び書記長会議を開催し、人事院勧告の完全実施及び首切り行政改革反対を闘争目標として、二時間を限度とする統一ストライキを臨時国会の山場に配置する闘争態勢を確立することなどを含む八二秋季年末闘争方針草案について討議して大筋の了承を得た。そして同月二七日、原告らが副中央執行委員長又は中央執行委員としてその構成員となっている第八回中央執行委員会において、人事院勧告の完全実施等を闘争目標として、最高半日の統一ストライキを臨時国会の山場に配置し、いつでも決行できる闘争態勢を確立すること及びストライキ批准投票は同年一〇月二〇日を目処に完了することの二つの闘争方針を含む八二秋季年末闘争方針案を決定し、これに基づいて同月六日及び七日に開催された第八二回中央委員会において、同案どおり八二秋季年末闘争方針を決定した。中央執行委員会は右闘争方針を執行するために、中央執行委員長名義で、各地方本部に対し、〈1〉八二秋季年末闘争方針の全組合員への周知徹底と闘争態勢の確立、〈2〉統一ストライキ態勢の確立と一〇月二〇日を目処とする批准投票の実施を指令するとともに、同月一二日から同月二〇日までの間に八二秋季年末闘争方針を実施するためのオルグ活動を行うこととし、その実施のため東北地方本部に原告鈴木を、関東地方本部に同渡邊及び同槇を、東京都本部及び九州地方本部に同齋藤を、東海地方本部に同丸山を、中国地方本部に同田口を、四国地方本部に同安田をそれぞれ派遣することを決定し、右鈴木は、同月一八日に福島種畜牧場において、同月一九日に東北農政局福島統計情報事務所、福島食糧事務所及び東北農政局阿武隈地域総合開発調査事務所において、右安田は同月一三日に高知食糧事務所及び同食糧事務所土佐山田支所において、同月一四日に中国四国農政局高知統計情報事務所須崎出張所及び高知食糧事務所中村支所において、右田口は同月一三日に広島食糧事務所において、同月一四日に中国農業試験場において、同月一五日に中国四国農政局吉井川農業水利事業所、同局岡山海岸保全事業所及び同局土地改良技術事務所において、右渡邊は同月一二日に関東農政局栃木統計情報事務所、同局鬼怒中央農業水利事業所及び栃木食糧事務所において、同月一四日に関東農政局渡良瀬川沿岸農業水利事業所において、右丸山は同月一二日に名古屋肥飼料検査所、名古屋農林規格検査所及び東海農政局において、同月一三日に関東農政局静岡統計情報事務所静岡出張所、遠洋水産研究所及び果樹試験場興津支場において、右齋藤は同月一二日に九州農業試験場畑作部及び九州農政局南九州地域総合開発調査事務所において、同月一三日に宮崎種畜牧場において、同月一四日に鹿児島食糧事務所大口支所及び同食糧事務所加治木支所において、同月一五日に鹿児島食糧事務所鹿屋支所及び宮崎種畜牧場鹿児島支場において、同月一八日に東京農林規格検査所において、右槇は同月一六日に東京食糧事務所において、同月一八日に横浜植物防疫所、横浜農林規格検査所及び関東農政局神奈川統計情報事務所が入居している横浜農林水産合同庁舎において、それぞれ本件各ストライキのためのオルグ活動を行い、本件各ストライキの実施を指導した。

(3) さらに全農林は、昭和五七年一二月一一日に緊急拡大戦術委員会を開催し、同月一六日に実施予定の統一ストライキの戦術等について協議して意思統一を図る一方、全農林中央本部において、同月一一日に統一ストライキ態勢確立の準備指令を発した。

(4) 農林水産事務次官は、昭和五七年一二月一四日に全農林中央執行委員長江田虎臣に対し、同月一六日のストライキを実施した場合、当局は関係法令に基づき厳正な措置をとる考えである旨述べ、全農林の自重を強く求める旨の警告をした。

(5) 全農林中央本部は、同月一五日ころ、同月一六日に二時間のストライキを実施するよう指令を発し、右指令に基づき農林水産省及びその出先機関の合計四万〇七八六名のうち三万八二八八名の全農林組合員は、同月一六日に始業時から二時間のストライキを行った。

(6) 次いで、全農林中央本部は、同月二〇日に右ストライキに引き続き、同月二四日に実施予定のストライキの準備指令を発した。

(7) 農林水産事務次官事務代理である農林水産大臣官房長は、同月二二日に、全農林が予定している同月二四日のストライキについて全農林中央執行委員長江田虎臣に対し、前記(4)と同様の警告をした。

(8) 全農林中央本部は、昭和五七年一二月二三日ころ、同月二四日に一時間のストライキを実施するよう指令を発し、右指令に基づき右農林水産省職員のうち三万八五五三名の全農林組合員は、同月二四日に始業時から一時間のストライキを行った。

(二)  原告らは、全農林の右行為は政府の人事院勧告凍結に対する集団的な抗議の意思表示であり、同盟罷業に当たらない旨主張するが、本件各ストライキは前記のように昭和五七年度の人事院の勧告の実施を求めるため、中央執行委員長の指令に基づき、ほぼ被告主張の態様と規模をもって組合員が集団的に職場を離脱して職務を放棄するという形態で行われたものであるから、国家公務員の同盟罷業が憲法上保障された争議行為として違法性が阻却される場合があり得るか否かはともかくとして、右行為が国公法九八条二項の同盟罷業に該当することを否定することは到底できない。

(三)  また、前記認定事実、殊に昭和五七年一〇月六日及び七日に開かれた第八二回中央委員会において、人事院勧告の完全実施等を闘争目標とし、最高半日の統一ストライキを臨時国会の山場に配置し、いつでも決行できる闘争態勢を確立するとする八二秋季年末闘争方針を決定し、右闘争方針を実施するため中央執行委員等である原告らが同月一二日から一九日までの間、各地方へオルグとして派遣され、さらに同月七日に中央執行委員長名義で各地方本部に対し統一ストライキ態勢の確立と同月二〇日を目処とする批准投票の実施を指令している事実並びに本件各ストライキの日時等を併せ考えると、原告らのオルグ活動は本件各ストライキ実施のためなされたものというべきであり、したがって、原告らは本件各ストライキ実施の指導に当たったものといわなければならない。

ところで、労働組合の争議行為は、決議機関の決議に基づき執行機関の指令によって実施されるのが一般であり、弁論の全趣旨によれば、全農林においても中央で発出された指令がその組織系統に従って、順次上部機関である中央本部から下部機関である地方本部、分会そして各組合員へと伝達され、各組合員は機関の指令に従うべき義務を負うものであるから、指令が伝達された以上、争議行為は実行されることになる。しかも、右指令の伝達及びその徹底をはかる行為は、争議行為の実行に現実に影響を及ぼし、争議行為の実行を誘発する現実的な危険を有する行為である。

したがって、原告らをその構成員とする中央執行委員会の本件各ストライキに関する指令の各発出、それに至る原告らの各行動及び原告らのオルグ活動等は、本件各ストライキを共謀し、そそのかし又はあおったと評価されるべきものであるから、国公法九八条二項の規定に違反し、同法八二条一号に該当するものといわなければならない。

2(一)  原告らは、国公法九八条二項が憲法二八条に違反する旨主張する。

確かに、憲法二八条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶと解すべきであるが、この労働基本権は勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないものであり、非現業の国家公務員(以下単に「公務員」という。)の争議行為が、公務員の地位の特殊性と勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地から一般私企業におけるのとは異なる制約に服すべきものとなしうることは当然である。しかし、だからといって無条件にその制約が許されるものではなく、公務員についても保障される労働基本権と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることが必要とされるから、その労働基本権を制限するについてもこれに変わる相応の措置が講じられなければならない。そして、公務員には法律によりその主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、適切な代償措置が講じられているのであるから、国公法九八条二項がかかる公務員の争議行為及びそのあおり行為等を禁止するのは、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするやむを得ない制約というべきであって、憲法二八条に違反するものではない(最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)。したがって、原告らの右主張は採用することができない。

(二)  原告らは、国公法九八条二項、三項及びこれに基づく本件各懲戒処分がILO八七号条約及び同九八号条約を侵犯し、憲法九八条二項に違反する旨主張する。

しかし、ILO八七号条約は、もともと結社の自由及び団結権の保障を目的としたものであり、ILO九八号条約もまた、団結権及び団体交渉権に関するものであって、いずれも労働者の争議権に関するものではないから、国公法九八条二項、三項及びこれに基づく本件各懲戒処分が右各条約に反するということはできない。

また、原告らは、本件各懲戒処分はストライキ以外の争議行為につき処分するものであり、労働組合が、法律で定める制度であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も受けることなく、自由に活動する権利を規定した国際人権規約八条一項c号に反する旨主張する。

しかし、本件各ストライキは前記認定のとおり典型的な同盟罷業であり、本件各ストライキにおける原告らの各行為は、右同盟罷業を共謀し、そそのかし又はあおったもので、同盟罷業を実施するための密接不可分な行為であるうえ、原告らは全農林の副中央執行委員長及び中央執行委員の地位にあり、前記認定のとおり本件各ストライキの実施を指導し、その及ぼした影響は多大なものがあり、原告らの各行為はまさにストライキそのものと同視し得るものである。したがって、原告らの各行為は、同規約八条一項c号の保障する労働組合活動自由の範囲に含まれるものではなく、本件各懲戒処分が同条一項c号に反するということはできない。

なお、原告らの右各行為は、同条一項d号に規定する同盟罷業をする権利に含まれるものであるが、わが国は同規約の批准に当たって同号の規定に拘束されない権利を留保する旨宣言している(「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の日本国による批准等に関する件(昭和五四年八月四日外務省告示第一八七号))から、原告らわが国の労働者には同条一項d号のストライキ権の保障は及ばないことはいうまでもない。

三  次に、再抗弁について判断する。

1  本件各ストライキが憲法上許された行為であるか否かについて検討する。

原告らは、仮に国公法九八条二項が合憲であるとしても、それは国家公務員に対する労働基本権の制約及び禁止に対する代償措置が制度的にも機能的にも十分その保障機能を発揮している場合に限られ、代償措置である人事院勧告制度が迅速公平にその本来の機能を果たさず、実際上画餠に等しいとみられる事態が生じた場合には、公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段、態様で争議行為に出たとしてもそれは憲法上保障された争議行為である旨主張する。

公務員の労働基本権を制約するには、これに代わる相応の措置が講じられねばならず、その代償措置として、身分、服務、給与その他に関する勤務条件が法定されていること、人事院が設けられ、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、国会及び内閣に対し勧告又は報告を義務付けられており、また公務員たる職員は、俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、あるいはまた、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする道も開かれていること等の制度が講じられている(前記最高裁大法廷判決参照)。

右のように、公務員の労働基本権は代償措置の存することをその一つの根拠として制約されているものであるから、仮にその代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たさず実際上画餠に等しいとみられる事態が生じた場合には、公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段、態様で争議行為に出たとしても、それは、憲法上保障された争議行為であるといえる(右大法廷判決における裁判官岸盛一、同天野武一の追加補足意見参照)。そして、人事院勧告制度は右に述べた代償措置のなかでも最も重要なものの一つであるから、人事院勧告が将来への明確な展望を欠いたまま相当の期間に亘り完全に実施されないような状況に陥った場合には、前述の実際上画餠に等しいとみられる状態になったものとして、その機能の回復を目的として相当な手段、態様で争議行為を行ったとしても、憲法上許された行為であると評価することができないわけではない。

ところで、本件各ストライキが行われた昭和五七年に人事院勧告が凍結されたことは既述のとおり当事者間に争いがない。しかしながら、政府が、昭和四五年から昭和五五年まで一一年間に亘って、人事院勧告に対し全面的にこれに従い、完全実施してきたものであること(昭和五四年度及び昭和五五年度の各勧告については、指定職職員の実施時期の点を除く。以下同じ。)、政府当局自身がこれにより、人事院勧告制度は慣熟した制度として代償機能を果たしてきた旨言明していたこと、政府は昭和五六年に至り、財政非常事態を理由に人事院勧告について不完全実施の閣議決定をもって、給与法の一部改正案を国会に提案し、国会はこれを可決したこと、政府当局は、逼迫した財政事情をはじめ極めて厳しい状況下にあることを前提として、昭和五七年度の人事院勧告の取扱いには誠意をもって努力をする旨言明していたことはいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、内閣総理大臣が、昭和五七年度における国家公務員の給与改定見送りにつき、今回の措置が極めて異例なものであり、このような措置が繰り返されることのないよう最善の努力をし、また、この決定が人事院勧告の持つ意義、その役割や制度の否定を意味するものではない旨の談話を発表したことが認められる。そして、右各事実からすると、政府当局により、二度も続けて財政非常事態を理由に異例の措置がとられ、二度目の昭和五七年度において人事院勧告が完全に凍結されるに至ったことは、公務員の労働基本権制約の最も重要な代償措置の一つである人事院勧告制度が危機に瀕した状態にあり、政府当局がその政治的責任を問われるべき重大な事態であったことに疑いはないが、それだけでは人事院勧告が将来への明確な展望を欠いたまま数年間も実施されないような状況とまでは未だいい得ないから、人事院勧告制度が労働基本権制約の代償措置として本来の機能を果たさず、実際上画餠に等しいとみられる状態にあったということは未だできない。

したがって、本件各ストライキが人事院勧告の実施を求めて行われたものであったとしても、そのことによって本件各ストライキを憲法上許された争議行為と評価することはできず、原告らの主張は採用することができない。

2  次に、本件各懲戒処分が懲戒権者の懲戒権の濫用であるか否かについて検討する。

(一)  公務員に対する懲戒処分は、当該公務員の義務違反その他単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者としての公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため科される制裁である。そこで、公務員につき、国公法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができ、その判断は、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる者である懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。そして、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

(二)  そこで、右の見地に立って、本件各懲戒処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用してなされたものと認められるか否かについて検討する。

(1) 先ず、本件人事院勧告凍結に至るまでの政府当局の対応について検討する。

政府当局は昭和四五年から昭和五五年まで一一年間にわたって、人事院勧告に全面的に従って、その完全実施をしてきたこと、政府当局自身がこれにより人事院勧告制度は慣熟した制度として代償機能を果たしてきた旨言明していたこと、政府は昭和五六年に至り、財政非常事態を理由に人事院勧告について不完全実施の閣議決定をもって、給与法の一部改正案を国会に提出し、国会はこれを可決したこと、そこで、全農林は中央執行委員長名で人事院に対し人事院勧告完全実施について再勧告を求める行政措置要求を提出したこと、全農林が昭和五七年三月及び六月に農林水産大臣に対し、賃金改定要求等をした際に、当局側は、人事院勧告がなされた場合にはこれを尊重するという回答をしたこと、人事院は同年八月六日に内閣と国会に対し、公務員賃金を増額改定することを中心とする勧告をしたこと及び右勧告を受けた政府当局は、同年九月一日の第二回給与関係閣僚会議以降人事院勧告の凍結の意向を強め、鈴木首相において同月一六日「財政非常宣言」と称する記者会見を行い、同月二〇日の給与関係閣僚会議において人事院勧告凍結を決定し、同月二四日の閣議でこれを正式に決定したこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない各事実に、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

ア 人事院勧告は、昭和二三年の第一回勧告以来あるいはその引上げ金額の点において、あるいはその実施時期の点において完全な実施が見送られるという状態が続いていたが、昭和四五年に至り漸く完全に実施されるようになった。その際、当時の内閣総理大臣佐藤栄作は、同年一二月三日開催の第六四回国会衆議院会議において、人事院勧告はこれを尊重し、今後とも完全実施したい旨述べている。

イ 人事院勧告は、その後昭和五五年に至るまで一一年間に亘り、内容、実施時期とも勧告どおり実施されており、昭和五六年八月一八日開催の第九四回国会衆議院内閣委員会及び同月二〇日開催の参議院内閣委員会において、当時の総理府総務長官中山太郎は、昭和四五年以来人事院勧告の完全実施という慣習が慣熟し、安定した労使関係を維持しており、それが社会一般に非常に良い結果を与えている旨の発言をした。また、当時の内閣官房長官宮沢喜一は同年一〇月一五日開催の第九五回国会参議院内閣委員会において、人事院勧告を完全実施するということはここ一〇年来ほぼ慣熟した慣行になり、それがわが国の労使関係をこのような安定したものにしていることに大きく寄与していることも事実である旨明言した。

ウ ところが、政府は昭和五六年一一月二七日に同年度の人事院勧告につき、財政状態が逼迫していることを理由に、〈1〉一般職国家公務員の給与については人事院勧告どおり昭和五六年四月一日から改定を行うが、指定職及び本省課長等の職員については昭和五七年四月一日から改定を行い、〈2〉期末勤勉手当は昭和五五年度の俸給等を基準に算定した額に凍結することなどを内容とする閣議決定をし、これに基づく給与法一部改正案を国会に提出し、国会はこれを可決した。そしてその際、当時の内閣総理大臣鈴木善幸は、昭和五六年一一月二六日開催の第九五回国会参議院行政財政改革に関する特別委員会、内閣委員会、地方行政委員会、大蔵委員会連合審査会において、右は異例の措置であり、今後は人事院制度ないしその勧告を尊重する旨述べた。

エ 昭和五七年に入り、全農林は、中央執行委員長名で人事院に対し人事院勧告完全実施について再勧告を求める行政措置要求を提出するとともに、農林水産大臣に対し賃金要求、人事院勧告の無条件完全実施等の要求をしたところ、同年三月二九日に農林水産大臣田沢吉郎は、人事院勧告は財政との関係で複雑な問題があり、断言はできないが、人事院勧告については、これを尊重するという従来からの基本的立場に立って誠意を持って努力する旨述べた。

オ さらに、同年八月六日に人事院から政府と国会に対し勧告がなされた後も、全農林は農林水産大臣に対し人事院勧告即時完全実施等の要求をしたところ、同月三〇日に農林水産大臣田沢吉郎はほぼ前同様の意見を述べていた。

カ しかるに、右勧告を受けた政府当局は、同年九月一日の第二回給与関係閣僚会議以降人事院勧告の凍結の意向を強め、当時の内閣総理大臣鈴木善幸において「財政非常事態宣言」を発表し、同年九月二四日には人事院勧告を完全に凍結する旨の閣議決定を行った。そして、同日内閣総理大臣鈴木善幸は国家公務員の給与について、国家財政の逼迫を理由に人事院勧告を凍結する旨の内閣総理大臣談話を発表し、さらに、同年一〇月二二日の全農林の要求に対してなされた農林水産省当局の回答も同趣旨のものであった。

(2) 次に、本件各ストライキ実施の原因、動機及び目的等について検討するに、右に述べたとおり、政府は、昭和四五年から一一年間に亘り、全面的に人事院勧告に従ってその完全実施をしてきたものであるところ、昭和五六年に至り、財政困難を理由に人事院勧告を完全には実施しないことが閣議で決定されたため、昭和五七年に入り、全農林は、中央執行委員長名で人事院に対し人事院勧告完全実施について再勧告を求める行政措置要求を提出するとともに、農林水産省当局に対し人事院勧告の無条件完全実施を行うことなどの要求をし、当局においても人事院勧告がなされた場合にはこれを尊重して誠意をもって努力する旨の回答をしていたのであるが、同年度においては人事院勧告を完全に凍結することが閣議で決定されたという状況のもとで、前記認定のとおり、本件各ストライキは人事院勧告の完全実施を目的として行われたものである。

また、〈証拠〉によれば、全農林の中央執行委員長である江田虎臣は全農林警職法事件の刑事被告人であり、昭和四八年四月二五日に出された最高裁大法廷の判決を熟知していたこと、全農林の書記長である成相静夫は右判決を良く学習していたこと、全農林の幹部は、右判決における裁判官岸盛一、同天野武一の追加補足意見が、多数意見からの当然の理論的帰結として、人事院勧告制度は公務員の労働基本権制約の代償措置であり、それが画餠に等しいとみられる事態が生じたときは争議行為を行っても憲法上許されたものであると述べており、人事院勧告が凍結された場合にはまさにこの状態であり、勧告の実施を求めてストライキを行うことは右判決からいって当然憲法上許された行為であると考え、中央執行委員長名でストライキ実施の指令を出したことが認められる。

(3) そこで、本件各ストライキの規模及び態様並びに右各ストライキに至るまでの農林水産省当局の態度について検討する。

本件各ストライキは第八二回中央委員会において決定された八二秋季年末闘争方針に基づいて、総評、公務員共闘の統一行動として、その完全実施を目的として、全農林の指令で昭和五七年一二月一六日の始業時から二時間及び同月二四日の始業時から一時間それぞれ行われたこと、両日とも農林水産省及びその出先機関の職員のうちおよそ三万八〇〇〇人の全農林組合員が参加したことはいずれも当事者間に争いがなく、また全農林中央執行委員長名でいずれもストライキ実施命令が出されたことは前記認定のとおりであり、右各事実に〈証拠〉を総合すると、本件各ストライキは、第八二回中央委員会において決定された八二秋季年末闘争方針に基づき、総評、公務員共闘の統一行動として、人事院勧告凍結を粉砕し、その完全実施を目的として、全農林中央執行委員長名で発出された指令により、昭和五七年一二月一六日の始業時から概ね二時間及び同月二四日の始業時から概ね一時間それぞれ行われ、両日とも農林水産省及びその出先機関の職員合計四万人強の職員の九割を超える約三万八〇〇〇人の全農林組合員が参加したこと、本件各ストライキは暴力を伴わなかったこと、全農林は、業務の停滞を防ぐ目的で農林水産省当局と話合いのうえ保安要員を配置して、本件各ストライキに突入していることが認められる。

なお、農林水産事務次官が、本件各ストライキが実施される直前である昭和五七年一二月一四日に、全農林が予定している同月一六日のストライキについて全農林中央執行委員長に対し、違法行為が行われた場合には、当局は厳正な措置をとる旨の警告を発したこと、更に、同事務次官事務代理である農林水産大臣官房長が、同月二二日に、全農林が予定している同月二四日のストライキについて同委員長に対し、同様の警告を発したこと、それにも拘わらず、本件各ストライキが実施されたことはいずれも当事者間に争いがない。

(4) 次に、原告らの処分歴及び他の争議行為における処分の程度等につき検討する。

原告らは、本件各処分を受ける前にも原告鈴木は減給二回及び戒告一回、同田口は減給五回、同安田は減給四回、同渡邊は停職二回、同丸山は減給三回及び戒告一回、同齋藤は停職二回及び減給一回、同槇は減給二回の懲戒処分をそれぞれ受けていたことを明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

また、全農林が、一時間のストライキを実施したことにつき、昭和五五年七月一一日に中央執行委員が停職一月の懲戒処分を受けたこと、一時間二九分間のストライキを実施したことにつき、昭和五六年七月九日に中央執行委員が停職二月の懲戒処分を受けたこと、一時間二九分間のストライキを実施したことにつき、昭和五七年二月一八日に中央執行委員が停職二月の懲戒処分を受けたこと、一時間二九分間のストライキを実施したことにつき、昭和五九年四月二六日に副中央執行委員長らが停職三月等の懲戒処分を受けたこと、二時間のストライキを実施したことにつき、昭和六〇年四月二五日に副中央執行委員長らが停職四月等の懲戒処分を受けたこと及び二九分間のストライキを実施したことにつき、同年九月一九日に副中央執行委員長が停職一月の懲戒処分を受けたこと、以上の事実は原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。右自白したものとみなされた事実に、〈証拠〉を総合すると、農林水産省における最近の闘争概要とこれに対する処分は次のとおりある。

ア 退職手当て制度改悪反対、定年制法制化反対、賃上げを闘争目標として、昭和五五年四月一六日に早朝一時間のストライキを実施し、同年七月一一日に中央執行委員らが停職一月等の懲戒処分を受けた。

イ 統一賃金要求の実現、退職手当法改悪反対及び定年制法制化反対を闘争目標として、昭和五六年四月三日に早朝二九分間のストライキを、定年制法案及び退職手当改悪法案の成立阻止を闘争目標として、同年六月四日に早朝一時間のストライキをそれぞれ実施し、同年七月九日に中央執行委員らが停職二月等の懲戒処分を受けた。

ウ 人事院勧告の完全実施、退職手当法改悪阻止及び反動的行政改革法案成立阻止を闘争目標として、昭和五六年一〇月二九日に早朝二九分間のストライキを、人事院勧告の完全実施を闘争目標として、同年一一月二五日に早朝一時間のストライキをそれぞれ実施し、昭和五七年二月一八日に中央執行委員らが停職二月等の懲戒処分を受けた。

エ 人事院勧告の完全実施を闘争目標として、昭和五八年一〇月七日に早朝一時間のストライキを、同月二一日に昼休み後二九分間の勤務時間内職場大会をそれぞれ実施し、昭和五九年四月二六日に副中央執行委員長らが停職三月等の懲戒処分を受けた。

オ 人事院勧告の完全実施、労働基本権確立を闘争目標として、昭和五九年一〇月二六日に早朝二時間のストライキを実施し、昭和六〇年四月二五日に副中央執行委員長らが停職四月等の懲戒処分を受けた。

カ 賃上げを闘争目標として、昭和六○年四月一七日に早朝二九分間のストライキを実施し、同年九月一九日に副中央執行委員長らが停職一月等の懲戒処分を受けた。

なお、右各ストライキ当時、アないしウについては中央執行委員長、副中央執行委員長及び書記長が、エないしカについては中央執行委員長及び書記長が非在籍者であったため、処分は受けていない。しかして、以上の事実、殊に人事院勧告が昭和三二年以降実質的な内容においてほぼ尊重され、昭和四五年に完全実施となったが、政府当局は、人事院勧告はこれを尊重するのが国家公務員法の趣旨から当然のことであり、今後とも完全実施することを国会や国民に対して約束し、昭和五五年に至るまで一一年間に亘り勧告どおり実施してきたものであるが、昭和五六年においても政府は国会答弁において、人事院勧告を完全実施するということは一〇年来ほぼ慣熟した慣行となっている旨明言しながら、昭和五六年一一月に至り、財政上の理由から人事院勧告の完全実施を見送るに至ったが、その際、内閣総理大臣は、右は財政上の理由からなされた異例の措置であり、毎年このような異例の措置が繰り返されるようであれば、これはまさに人事院制度の根幹に触れる結果になる旨述べていたにもかかわらず、昭和五七年に至って窮迫した財政を再建するための異例な措置であるとして、本件人事院勧告を完全に凍結したものであって、このことは、国会における答弁で国会や国民に対してなした約束ないし明言に反する行為をとったものと評すべきである。のみならず、前述のとおり、公務員に対する労働基本権制約の代償措置のなかでも、人事院勧告制度は最も重要なものの一つであるから、原告らが右のような事情のもとで人事院勧告の完全実施を求めることはもっともなことであり、右完全実施を目的として本件各ストライキを実施するためのオルグ活動をしたことを強く非難することはできないところである。また、本件各ストライキの規模及び態様についてみるに、本件各ストライキは暴力を伴ったものではなく、また、全農林は業務の停滞を防ぐ目的で農林水産省当局と話合いの上保安要員を配置するなど本件各ストライキがもたらす障害を能う限り防止しようと努めていることが明らかである。しかして、以上のような事情を較量すると本件各ストライキ及びこれに対し原告らが果たした役割を違法であるとして強く非難することには相当の躊躇を感ずるものといわなければならない。

しかしながら、本件各ストライキは、前記認定のとおり違法な争議行為であること、しかも、農林水産省職員の九割を超えるおよそ三万八〇〇〇人の国家公務員たる職員が合計三時間もの間集団的に職場を離脱して職務を放棄したもので、その規模及び態様とも決して軽微なものではないこと、農林水産省の行政事務の正常な運営に支障を与え、国民の利益を損なう虞があったこと、また、農林水産省当局の本件各ストライキは違法なものであるとの警告を無視して二度に亘り敢行されたものであること、原告らは全農林の幹部組合員であって、本件各ストライキの計画時から参画し、全国各地においてオルグ活動を行って本件各ストライキの実施に積極的に関与し、指導的役割を果たしていること、さらに、原告らは全員処分歴を有するものであり、また、農林水産省における最近の争議行為に関する処分と比較してみても、本件各懲戒処分は必ずしも重いとはいえないこと等、本件各ストライキに至る動機、経緯、ストライキの程度、態様、ストライキにおける原告らの役割等諸般の事情を総合すると、本件各懲戒処分は重い嫌いがないわけではないが、なお未だ社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとまでいうことはできない。

したがって、本件各懲戒処分が懲戒権の濫用であるとする原告らの主張は理由がなく採用することができない。

四  よって、本件各懲戒処分が違法であることを前提とする原告らの各請求はその余の点につき検討するまでもなく理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 酒井正史 裁判官 川添利賢は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 福井厚士)

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